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I Remember Berklee ⑪

授業のある日は朝6時半にまずエリザベスが起きて、シャワーを浴びる。彼女の目覚まし時計の音で私も目を覚ますのだが、床に出していたマットレスをベッドに戻して再び眠り、7時20分頃に起きる。私は夜、シャワーを浴びるので、このくらいの時間でいいのだ。顔を洗い、一応化粧をし、服を着ると同じくらいにエリザベスも身支度を整える。彼女のメイクの時間は本当に長い。いろいろな色を使い、念入りに仕上げ、香水も毎日違うものをつけている。それにひきかえ私のいでたちは学生らしいといえばそうだが、明らかに女を捨てているといっていいだろう。日本では毎日スーツにパンプスだったが、ここではジーンズにシャツである。ジーンズは2本しか持ってきていない。シャツは私がアジア人であることを強調しようと選りすぐったものを持ってきたつもりだったが、台湾や韓国の民族衣装的なデザインでTシャツやトレーナーが主流の周りの学生の服装とは明らかに違う異質のものだ。とてもシラフ(?)では着られそうもない。「どうしてこんな服持ってきちゃったんだろう・・)と思いながら、数少ないワードローブでやりくりする私なのであった。

8時にカフェに降りていく。朝は黒人の陽気なおばちゃんがスクランブルエッグにパンケーキかフレンチトースト、それにポテトをよそってくれる。毎朝同じものを注文する変な日本人を覚えてくれたのか、ある日「アイ、ガッチュー」と言って、私が何も言わなくても各品を少量(いつもリトルビットと言っていたので)分けてくれるようになった。エリザベスは常にダイエット中なのでスクランブルエッグとコーヒーだけだ。日本では朝牛乳を飲むことはなく、いつも夜に飲んでいたが、ここでは朝必ず飲むことにしていた。それに紅茶を飲み。メロンを2切れ。これが毎朝のメニューなのである。

火曜日、エリザベスは朝の授業に行き、私はその後11時からの初授業、アレンジのクラスに出かけた。教室は150ビルのB21というところである。エレベーターで向かい、教室に入ると、空いている椅子に座った。生徒は10人前後、その中には豪くんに紹介してもらったタクもいた。「あっ、一緒のクラスですねぇ、よろしく」丁寧に彼は言った。バークリーの男女比は男性80%、女性20%と聞いていたが、その通りこのクラスも男ばかりだ。が、ひとり女の子が入ってきた。アジア系の顔の女の子である。「日本人かな・・・?」向こうもちらちらとこちらを気にしている。

やがて先生が入ってきた。白髪交じりの白人の中年男性だが、きびきび、にこにこして明るそうな先生だ。彼は鞄の中からCDを取り出し、教室に備え付けてあるプレイヤーに入れた。曲が流れた。マイルス・デイビスの「All Blues」だが、アレンジはエレクトリックの楽器にによる演奏で、リズムも凝っている。それをBGMにして先生はホワイトボードに自分の名前、オフィスアワー、電話番号などを書いていった。彼はジェリー・ゲイツ、プロフェッショナルライティング部門の教授で、楽器はベース。続けてジェリーは今流れているCDのパーソナルを書いていった。「トランペット、ランディ・ブレッカー、ベース、ウィル・リー・・・ふうん・・・かっこいいアレンジだな・・・」そう思って書き写していくうちに生徒全員が揃ったらしい。「ハローエヴリィワン!」ジェリーは元気よくそう言って、シラバスを配り、自己紹介をし、出席をとった。それが終わると今度は別のCDをかけ始めた。今度も曲は「All Blues」だったが、元祖マイルス・デイビスのアルバム、「Kind Of Blue」からのものだった。「同じ曲でもこんなに違うんだ。これがアレンジだ。ところでこの曲のスタイルをなんというか知っているかい?」皆一斉に手を挙げる。聞いていた通り、こちらの学生は積極的だ。「ジャズ」「ブルース」といった答えが続いたが、どれも違うらしい。「何だろう・・・」私も手を挙げて言った。「ジャズワルツ?」「うーん惜しい、答えはクールジャズだ。」「オー」という声が教室中に響いた」当時の私にとって前者のアレンジは、普段あまり聴かないスタイルのもので、非常に斬新に聴こえた。今日は初回ということもあり、授業らしい授業もしなかったが、うきうきした気分になった。この授業は50分である。部屋に戻るとすでに授業から戻っていたエリザベスが、「お腹すいたわ、ランチに行かない?」と言った。

昼のメニューは、朝のスクランブルエッグ、ポテトのコーナーが野菜炒めのようなものや、チキンなんとか、ビーフなんとかというものに代わる。おいしそうに聞こえるが、これらのメニューには裏切られることが多いので、私はその向かい側にある、スティーブおじさんが焼くハンバーガーを食べることが多い。スティーブはいつも陽気な黒人のおじさんで、ハンバーガーの中身しか食べないエリザベスと私をセットで覚えたらしく、「元気かい?そうか元気か、よしきっと今日も良い一日になるぞぉ・・チーズバーガーとフライを少しでいいんだよな?ガハハハハー」と言ってくれる。朝の「アイガッチューおばさんといい、スティーブといい、ここのカフェのスタッフたちはハイテンションである。

火曜日の夕方4時から6時までミュージックテクノロジーという授業が入っている。正直受けたくないのだが必修なのでしょうがない。昼食後少し予習でもしておくかとテキストを開いたが、英語ばかりなので嫌になった。バークリーの他のテキストはそれほど辞書を引かなくても理解できる。しかしこの授業のテキストは頻繁に難解な単語が出てくる。辞書を引けば分かる単語はいいのだが、辞書を引いてもいまひとつ意味がつかめない抽象的な単語も多くあり、最悪の場合辞書に載っていない専門語らしいものもあるのだ。内容は一言でいうと「音の概念」つまり音とは・・・とか周波数が・・・ということを学ぶらしい。教室はボストンレッドソックスの球場近くのフェンウェイ通りにある大きな劇場のような部屋だ。有名ミュージシャンによるクリニックなどがある時にも、この教室を使うらしい。ステージにはコンピューター、キーボード、ミキサーなどがある。室内は薄暗く夕方のこの時間、2時間も講義を聞いていたら間違いなく眠くなるだろう。授業が全然理解できなかったらどうしよう。もしかしたらこのクラス、単位を落としてしまうかも・・・。と不安になっていると、アレンジのクラスで一緒だったアジア系の女の子が入ってきた。私に気付かなかったようで、離れて座ったが、しばらくあたりを見回し私がいることに気付くと、私たちは何となく見つめ合った。「またあの子と一緒か・・・」授業が終わったら今度こそ話しかけてみようと思った。

先生が入ってきた。おかっぱ頭で黒髪、てっぺんがハゲていて、カッパみたいだ。黒縁の眼鏡をかけ、変わった柄のシャツを着ている。彼は両手を大きく広げて「ようこそ、ボストンへ!ようこそ、バークリーへ!」と言うと、広げた手を胸に当て目を閉じた。(なんだかおかまっぽいな・・・)しかしこの授業は生徒も40人ほどいて多いので、このくらい大げさなほうがいいのかもしれない。

配られたシラバスを見ながらふと前を見ると、舞台の上のスクリーンに先生の名前、オフィスアワー、電話番号、それに来週は第1章を読んでくること、などということが次々と映し出されているではないか!先生の名前はマイケル・ビエーリョというらしい。(まずい、見落とすところだった)あわてて書き写すと、次はお決まりの自己紹介コーナーである。一人ずつ名前、出身国、専攻楽器、好きな音楽などを言っていった。40人もいるので、今日はこれだけで終わりそうだと思っていると、マイケルが厳かに言った。「君たちがミュージックテクノロジーについて最も興味があることをレポートにして、来週までに提出してくれ。手書きはダメ、メディアセンターのマッキントッシュを使ってかくこと。いいね。じゃあ今日はここまで!シーユーネクストウィーク!」(うげぇ・・やーな授業だな・・)こんなことひとりじゃ絶対できない。そうだ、あの子に聞いてみるか・・と思って彼女のほうを向くと、彼女もこちらに歩いてきた。「一緒に宿題やらない?」私たちはほとんど同時にそう言った。彼女はデビー・リン。ボストンにいる間、勉強はもちろん食事、息抜きも共にした貴重な友人の一人だった。

 

 

 


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