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I Remember Berklee ⑨

蒲団

田山花袋の「蒲団」とは違うが、暑い夏でも、これからくる寒い冬でも、寝具をきちんとそろえて快適に過ごしたい、という思いがあったため、アメリカでの生活を始めたばかりのこの頃は、布団に対しても関心が強かった。

6日、美香から電話があり、布団を買いに行かないかと言う。もう一枚ちゃんとした布団が欲しかったので「行く!」と言うと、「じゃあ、Tに乗ってさぁ、ポーターの駅まで来てくれる?などと言う。Tはボストン市内を走る地下鉄のことだが、私はどこからどうやっていくら払って乗るのか、など全然わからない。一人でのこのこ出かけていってヘンな人にさらわれちゃったら大変なので、「だめ!危ないから一人じゃ行かないもん!」と言うと、「なーに言ってんのぉー!ヘンなの~。しようがないなぁ、じゃあ迎えに行くよ」「やったーありがとー」(よーし、地下鉄に乗っちゃうぞー)バークリーからの最寄の駅はハインズコンベンション駅だという。そこで美香と待ち合わせることになった。美香に言われたとおりに歩いていくと、豪くんと「ベッド&バス」に行ったときに通った道の途中に駅があった。「あっ、ここだ」地下に続く階段を降りて、迎えに来てくれた美香に聞く。「ねぇ、どのお金でいくら払うの?」「えーっ、そんなこともわかんないのぉ~?」財布をぱかっと開いて立ち尽くす迷える子羊のような私の手元を覗き込んで、「これとこれ、あとこのちっちゃいの」と「ぽいぽい小銭を出してくれたが、どの小銭がいくらなのかなんだかまだわからない。それを窓口にいるおばちゃんに「ワン、プリーズ」と言って渡すとTと書いてあるトークンをくれた。

ガッタンゴットンとやってきたTはなんだかおもちゃみたいだ。Tはレッド、グリーン、オレンジ、ブルーラインと4つの路線があるが今回私たちが乗ったのはグリーンラインだ。途中、レッドに乗り換え、ポーターという駅で降りた。長いエスカレーターに乗って地上に出、しばらく歩き回って、ガソリンスタンドのおじさんに道を聞いたりしたが、結局駅前に布団屋はあった。でも豪くんと行った「ベッド&バス」と同じみたいだ。「ねぇ、これ、バークリーの近くにもあるよぉ」思わず美香に訴える。でもこちらの方が店内も少し広いし、品数も多そうだ。ハーバード大学が近いらしく、お利口そうな男の子がちらほらいる。あちこち見回すとチェックのかわいい掛布団があった。色は緑、黄色、青、紫の4つある。「暗い色だとさぁ、気が滅入っちゃうから明るい色がいいよ」美香がそういうので黄色にした。美香は緑を選んでいた。

布団問題が解決しこのあたりに日本のものが売っているスーパーマーケットがあるというので行ってみることにした。店は「寿屋」という、おめでたい感じの名前だ。中に入ってびっくりした。祖国ニッポンのお菓子、シャンプーなどの生活用品、お米や刺身も売っている。まだ日本を離れて1週間だが懐かしい気持ちになってしまい、我を忘れて品物を漁る私の脳裏に、今日これから教科書を買わなければならない、ということが浮かんだ。現金は400ドルほど持っているが、足りなくなったらどこかの銀行でおろさなければならない。しかしまたもこれは初めての体験でどこでどうやって下ろしたらいいかわからない。いろいろな初体験が重なって、今の私はいっぱいいっぱいでありパニックになりそうなので、銀行へ行くのはもう少し先にしたいと思い、山ほど買いたいという気持ちを押さえた。キャンディーとエアメイルの封筒だけを購入し、再びTに乗った。車内は混んでおり、布団をぶら下げている私たちはいかにもぴかぴかの新入生に見えただろう。周りの人はニコニコしてこちらを見ている。ノーミソが足りないおバカ留学生に見えないだろうか・・と私はそればかり気にしていた。

部屋に戻ってエリザベスに布団を見せると、「いい色ね、どこで買ったの?」と言う。ポーターまで行ったと言うと「一人で行ったの?」と不思議そうだ。きっと(リカはひとりじゃ何もできないはずなのに・・)と思っているのだろう。美香と一緒に行ったと言ったら納得していた。私はエリザベスママや、美香ママがいないとどこにも行けないバブーの赤ちゃんなのである。そしてエリザベスママは言った。「そうそう、もうスケジュール表がメイルボックスに入っているはずよ。見に行かない?オリエンテーションの時にもらった仮のスケジュール表に、メイルボックスの暗証番号が書いてあるから持っていったほうがいいわよ」「えっ、なにそれ!」仮のスケジュール表をよく見ると確かに3つの番号が書いてある。これはひとりひとり違うらしい。プライバシーや大学からの重要な書類、手紙などを守るためにこうしないと開かないようになっているのだ。

エリザベスと連れ立ってメイルルームに行くとやはりスケジュール表を取りにくる学生で混みあっている。「1015・・・1015・・・」私のメイルボックスはちょうど真ん中あたりにあった。そばにメイルルームのスタッフがいて、別の学生に開け方を教えている。「あのー」と言うと、「これを見ながら開けてちょうだい」と小さなカードをくれた。右に回してどーたら、左に回してこーたらと書いてあるが、一応その通りにやっているつもりでもびくともしない。10センチ四方のちっちゃい箱なのに・・・。エリザベスの方を見るとやはりダイヤルをいじっている。彼女のボックスは3なので、私のところからは少し離れている。「う~開かない」引いてダメなら押してみたり、こちょこちょとくすぐってももちろん開かない。再びスタッフに助けを求めようとしたがどうも彼女はブスッとしていて聞きづらい。しかし勇気をふりしぼってお願いした。「さあ、やってみましょう」冷たくそういう彼女は黒人のスタッフでとってもエラソーだ。LeftだLightだと言われ、ぐるぐる回せど一向に開かない。とうとう彼女は自分でちょちょいのちょいと開けてしまった。「さっきあげたカードをよく見ておいてね、次は開けられるように・・・」そう言って彼女は他の迷える新入生のところに行ってしまった。(トホホホ・・・・)しかしスケジュール表がきちんと入っていた。「あっ、これだ」つまみ出して見てみた。クラスのレベルと時間、必要な教科書のタイトルなどが書いてある。ハーモニー(ジャズ理論)とイヤートレーニングはレベル1から4まであり、ハーモニーは2からスタート、イヤートレーニングは4だけをやればいいらしい。マリさんは「ハーモニーは3くらいからできるといいね」と言っていたが私は2からしっかりやり、教授がどのような教え方をするのかも知りたいため、これでいいと思った。アレンジは1を取ることになり、その前の段階のライティングスキルのクラスは飛ばしていいらしい。プライベートレッスンは(仕方なくだが)サインアップしたし新入生必修の謎のクラス「ミュージックテクノロジー」も取る。あとはアンサンブルのクラスを取りたい。ここには「Go To ENS Office」と書いてあるが、いったいどうやるのだろう・・・。「ワーオ、イヤートレーニングが4からなんてすごいわね」エリザベスが私のスケジュール表を覗き込んで言う。「ありがとう・・・そうだ、アンサンブルオフィスってどこか知ってる?」「うーん、わからないけど、ちょっと待って」エリザベスは近くを通った学生に「オフィスはどこだ」と聞いている。「わかったわよ。ちょっと行ってみる?」メイルボックスの先の階段を上り、さらに上に行くとオフィスはあった。しかし閉まっている。「ここだわ、オフィスは土・日は閉まっているから、月曜日にくるといいわ。そうそう、教科書を買いにいかない?」

私たちは部屋に財布を取りに行ってからバークリーブックストアに向かった。それほど大きくない店だが、ここもたくさんの学生で賑っている。ここには教科書、楽譜、文房具各種はもちろん、バークリーのロゴ入りTシャツやリュック、なんとトランクスまであった。(記念にロゴ入りの何かほし~)観光客気分でキョロキョロ見回す私とは対称的にエリザベスは教科書がある棚に真っ先に進んで行った。「ハーモニーはこれね、アレンジは・・・」エリザベスがみんな取ってくれる。私は言われるままにしていた。「5線紙も必要よね、あと普通のノートも・・・3穴のバインダーはこれがいいんじゃない?」ロゴ入りのバインダーはとてつもなくぶっとい。でもせっかくエリザベスが選んでくれたのでそれに決めた。レジに並ぶと、髪がふわふわしたとっても優しそうなおじさんが、「ハーイ、ハウアーユーレイディース?」と言って計算してくれる。オリエンテーションのパンフレットには教科書代は約150ドルかかります。と書いてあったがいくらくらいになるんだろう・・・?「フィフティセブンアンド、イレブンセンツ」私はここアメリカではめったに使わないという100ドル札と50ドル札をバシッとカウンターに置いた。するとおじさんは目を丸くして「オートゥーマッチ」と言ってのけぞった。」「あれっ、聞き違えちゃったかな?」よそ見していたエリザベスがすかさず「「なにっ、いくら?」と聞き返す。「フィフティーセブンアンドイレブンセンツ」私はフィフティとフィフティーンを聞き違えていたのだ。「これだけでいいのよ。おつりちょうだい」エリザベスがおじさんに言った。「シュア」100ドルでおつりをもらった。57ドル11セントでいいのだ。(店での対応は大きな課題だ)旅行ガイドブックには「おつりをごまかされないようにしましょう」と書いてある。このあたりの店にはバークリー卒の店員さんがたくさんいるそうだ。きっとこのおじさんも卒業生だから、親切に「トゥマッチ」と言ってくれたのかもしれない。あとからこのことを知って、日本でもアメリカでも音楽で食べていくことはなかなかできないことなのだ、と思った。

今日は9月6日、日曜日だ。ボストンに来てから1週間が経ち、いよいよ明日から授業が始まる。ブックストアを出ると、エリザベスが言う。「リカ、あなたデスクランプが必要なんじゃない?」その通り、本当に彼女はよく世話を焼いてくれる。私たちはボイルストン通りと反対側の方へ坂を下っていった。その途中に「エコノミー&ハードウェア」という店があった。見るとデスクランプはどれもとても安い。10ドルのものを選び、隣のCVSというドラッグストアに入った。ここはアメリカ国内で最大手のチェーン店らしい。ここでボディシャンプーを買った。この辺は何でも買えてすごく便利だ。でもまだ一人では買い物はできない。

初授業を明日に控えた夜、エリザベスはワープロでなにやら作っている。「できた!」彼女は時間割表を作っていたのだ。「わぁ、いいわね」と言うと、「リカの分も作るわ」と、もう一枚印刷してくれた。そこにすでに入っているクラスの名前を入れていき、時間が重なってしまっているクラスがないかどうかチェックした。そしてそれを机の側の壁に貼ると、はるか昔、小学生の頃を思い出した。29歳になって再び時間割を壁に貼る私・・・。自分で貯めたお金で外国の音大に来たなんて、まだ少し信じられない感じだ。ふり返ると32歳のエリザベスも時間割を貼っている。明日はさっそく9時から授業があるらしい。

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