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I Remember Berklee ⑧

Japan Club

朝起きると案の定エリザベスはまだ寝ている。さっさと支度をして朝食を食べ、母親と友人、マリさんや英会話の先生キャシーにはがきを書いた。どの人にも「無事バークリーに着いた。心配しないでくれ」と書いた。今日は午後12時からバーベキューパーティがあり、美香と行く約束をしていたので、殺人事件多発地帯のおそるべしフェンウェイパークへ向かった。公園にはたくさんの人がいたので安心。胸に名前と専攻楽器を書いたシールを貼って、ハンバーガーにかぶりつきコークをぐびぐびと飲んだ。やはりここは危険な場所なのか警備員や警官が見回っている。ボストンポリスと書かれたパトカーも止まっている。(こんなにたくさん人がいるし、何かあったら大変だもんなぁ~)そう思いながらたまたま知り合ったイタリア人の女の子と話していると、日本人のとても美しい女性に声を掛けられた。彼女は北国出身のけいこさん、オリエンテーションの時、タクと一緒にいたけいこさんとは違う。でもこちらのけいこさんもヴォーカル専攻だそうなのでこれで2人のけいこさんというヴォーカリストと知り合ったことになる。

そのうちバンド演奏が始まると言うのでステージ(と言ってもただの木陰なのだが)近くに移動した。そこで昨日あったRに会った。Rはルームメイトだというマレーシア人のウェイウェイと何人かのマレーシア人と一緒にいた。彼女ら一人一人とあいさつをして、芝生に腰を下ろし、バンドの演奏を聴いた。天気もいいしこんなにのんびりしたのはなんだか久しぶりのような気がした。アメリカに来る前は2日前まで仕事をしていたし、いざ着いてからも緊張の連続で、よく考えたら音楽も聴いていない。(わ~気持ちいいなぁ・・・)とのびのびしながらふと見ると前にサングラスをかけたエリザベスがいるではないか、しかも隣にはエリザベスと一緒にいるには少し若すぎる白人男がいる。(ひぇ~エリザベスもここに来ていたのか・・・)しかし無視するのもなんなので「Hey!」と声を掛けると「ハーイ!リカ」と昨夜とはうって変わって元気なお応えが帰ってきた。昨夜も元気なことは元気だったが酔ってくだを巻くエリザベスはちょっと怖かった。「今日はこのあとどうするの?」と聞いてきたので、「夕方5時半からジャパンミーティングがあるからこのパーティが終わったら少し部屋で昼寝するわ」(なんたって昨夜のアンタのせいで眠いんだよ)、と心の中で言った。するとやけにしおらしく「そうね、あなた眠いはずだわ」と言う。どうやら一応反省しているらしい。異国人との生活が始まってまだ1週間も経っていないがこれからもいろいろなことがありそうだ。

ゆっくり昼寝をして5時半からのジャパンミーティングに出かけた。現在バークリーに日本人は全校生約3000人の1割、300人ほどいるという。このうちいったい何人参加するのだろうと思いつつ部屋に入った。新入生は20人、上級生のリーダーが一人いる。顧問はピアノ科助教授の竹中真氏である。ピアニストでもある氏は、日本の音楽雑誌ジャズライフでもコラムを書いており、私も当時は毎月読んでいた。写真で見た限り厳しい感じの人で、日本人バークリー生が年々増えていくことを快く思っていないのではないかと勝手に想像していたが、とっても感じのいい方で、ジャパンクラブは異国での慣れない生活でノイローゼにならないようサポートするためにあるのだ。とおっしゃっていた。そして当面の予定として氏の自宅でのバーべキューパーティが9月17日に、ボストンの大学にある日本人会対抗のソフトボール大会が20日に行われるという案内があった。「ソフトボールか・・、久しぶりにやってみたいなぁ・・」私は中学生の時ソフトボール部にいた。それから15年ほど経っており、当時もへたくそだったが、今再びやっても体が動かないだろうな、とは思ったがなんか楽しそうだ。最後に毎週金曜日にミーティングとセッションがある、という話があり、今日のミーティングは終了した。

この後、夜は新入生歓迎のコンサートがあるというのでBPCに向かった。ギタリストのジョン・スコフィールドが出るというのでホール内にはたくさんの人がいる。ビッグバンドやスモールコンボ、ジャズやファンク、フュージョンなどいろいろな形態の音楽を聴き、最後に待望のジョン・スコフィールドが出てきた。バークリーにはジョン・スコフィールドアンサンブル、という、彼の曲ばかりをやるアンサンブルクラスがあり、そのクラスの生徒とのジョイントだった。ギタリストがジョンのほか3人いて皆とても上手だった。

昼間のバーべキューパーテイでも音楽が聴けたし、さすがに今夜はエリザベスもおとなしく寝ている。いよいよ明日はどのクラスになるかわかる日なのである。

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I Remember Berklee ⑦

The Zoo

エリザベスは今日からレジストレーション(科目登録)だと言って、朝から出かけていったが10年前と専攻を変える関係でいろいろ面倒な手続きがあるらしく何度も150Mass. Aveのビルディングと1140を行ったり来たりしている。そのたびに部屋に戻ってきては「ったく、手際が悪いのよ!!ファック!シット!」とお下品な言葉で文句を言っている。私は午後から英語のテストがあるのでやっと落ち着いたエリザベスと入れ違いで部屋を出た。「留学生は英語のテストもあるから大変ね。頑張って」「ありがとう」

テストはフェンウェイ通りに校舎で行うことになっている。ボストンレッドソックスのホームグラウンドの「フェンウェイパーク」という公園の横の通りである。今は昼間だから安心だが、夜は殺人事件などもおこったことがあり危険なので、近くを通らないようにと言われている。私はおっかなびっくり歩いていった。するとアイスブレイクで知り合った美香が校舎の前で「ラップ」といういわゆる西洋春巻きにかぶりついている姿が見えた。「今から英語のテストなんだ」「そう、私も」私たちは一緒に教室に向かった。テストはマークシートで、私は一般教養はとらず音楽のみのディプロマコースなのでここでの英語の成績はクラス分けには関係ない。日本ではもういやというほどTOEFLを受けたので、適当に答えを選び、マークしていった。テストが終わり、美香と150Mass.Aveのビルに戻りながら今夜あるという留学生のミーティングに出席しようと約束し、そこで一旦別れた。

カフェで夕飯をすませ、ミーティングに参加するため1140に向かった。まず自己紹介で出身国と専攻楽器などをひとりひとり言っていくのだが、やはり日本人が多いという印象を受けた。韓国人も結構いてヨーロッパやラテン系のの学生もジョークを交えたあいさつで笑わせてくれた。それにしても皆すごいなまりのある英語でおかしくなってしまった。その後、カウンセリングセンターの担当者から、文化の違いはあっても皆で助け合って頑張りましょうという話や、セキュリティからの注意事項で夜9時以降は出歩かないようにしましょう、などというような話があり、終了した。この後はピザとジュースのサーブがあるのでそれらを食べながらいろいろな国の人と友達になりましょう。ということなので、夕飯は食べたのにがつがつとピザをむさぼり食っていると一人の日本人女性から声を掛けられた。この後2学期にルームメイトになるRだった。

翌4日は学校内施設のオリエンテーションに出かけた。まず、メディアセンター。ここには20台のテレビと40台のCDプレイヤーが設置してあり、見たいビデオや聴きたいCDをコンピューターで検索し観賞することができるのだ。その隣にはE-mailを送受信できるコンピューターが20台ほどあった。次に図書館。普通の本のほか、楽譜やリードシート、音楽雑誌も置いてあり、日本で発売されていたジャズライフやスィングジャーナル(現在の「JAZZ JAPAN」?)もあるのには驚いた。図書館の奥にはラーニングセンターがあり、ここはコンピューターを使って楽譜を書いたり、シーケンサーで音楽データを打ち込んだりというようなことができる、まさに音楽大学ならではの設備だった。案内してくれたスタッフによると、コンピューターの充実度という点から見て、バークリーは世界でもトップレベルの大学になるらしい。「大いに活用してくれ」と言っていたが、私に使いこなせるかなぁ・・・という感じだった。

午後はキャリアリソースセンターに移動した。いわゆる就職課である。ここにもコンピューターがたくさんあり、部屋の外の壁には求人の紙がびらびらと貼ってあった。ホテルでの演奏や音楽講師など結構たくさんあったが、私は卒業はしないのでこの施設を利用できる人がうらやましかった。

施設見学が終わり夜になった。部屋に戻るとエリザベスはワインを飲んでいた。私にも勧めたが私はあまりお酒を飲まないので断るとなおも彼女はぐびぐび飲み、私が寝ようとする頃には相当酔っていた。(なんだろう・・なにか嫌なことでもあったのかなぁ・・)ドアの前で胡坐を組んでなおも飲み続ける彼女に少し腹を立てて、私はベッドに横になった。そのうちエリザベスはくだをまくようになった。「へっ、私はもう若くないからパーティなんて行かないのさっ。」なんて言っている。どうやら本当はパーティに行きたいのだがまわりは19、20の若者ばかりなので躊躇しているようだった。しかしそのうち誰かが誘いに来て、強がりを言っていた彼女もついに、「じゃあ、いっちょいくか~、ヒュ~」と叫ぶと部屋を出ていった。あまりの豹変ぶりに私はあきれた。そして「寮は動物園よ」と言っていたマリさんの言葉を思い出した。しかし早めにこちらに来てアパートを探すことなど私にはできなかったのではやばやと寮に申し込んだのだ。そのことを少し後悔しながら(ミュージックセラピー科ですなんてエラソーにしてたけど、セラピーが必要なのは自分なんじゃないの~?)と腹の中で悪態をついていた。もう真夜中なのに寮の中はとってもうるさい。時計を見ると2時を過ぎている。せっかく時差ボケが治りかけているのに・・・と思いながらやっと眠りについた。

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