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転落  奇妙な隣人たち

家賃36000円のこの家は実は宇都宮市内にあった。それ以前は市内より車で30分ほどの郊外の住宅地に住んでおり、通勤するのにもバスで30~40分かけて通っていた。しかし、引越しと共に通勤時間は短縮され、しかも大型SCが徒歩で行け、図書館に行けば、読みたかった本がたくさんあった。環境としては皮肉にも以前より便利になった。「都落ち」でなく、私と母は落ちぶれたにもかかわらず、都に上ってきたのだ。今までのように近所に友達がたくさんいる環境ではなく、「利香ちゃん」と声をかけてくれる人もいなく、御近所づきあいもしたくなかったが、回覧板をまわしたり、町会費を徴収されたりと、多少は御近所との接触もあった。近所を見回すとこの貧困地帯には怪しげな住人も何人かいた。まず我が家の前に住む男性一人、外見は子泣きジジイのようで、年齢は見当がつかない。大家の話によると板前さんだという。確かに昼過ぎに出かけ朝方帰ってくるのは、夜営業する飲食店に勤務するからなのだろうか・・・。名前は「○○久美」といって一見女性の名前かと思うが、「くみ」ではない読み方をする(忘れてしまったが)らしい。彼は特に訪ねてくる人もおらず、静かに暮らしていた。そして貧困地帯の奥のほうにはやはり男性が一人で暮らしていた。「鈴木さん」という50代のおじさんだ。いつも佐川急便の軽トラで我が家の前を通り過ぎ、かならず笑顔で「おはようございます」「こんにちは」とあいさつしてくれた。悲しげに暮らす私と母を哀れんでくれているのだろうか。私はこの鈴木さんの笑顔に、結構癒されていた。母はなぜか「鈴木さんはいい人だけどやくざかもしれない」と奇妙なことを言っていた。本当はどんな人なのかわからず仕舞いだったが、何度か鈴木さんの家に回覧板を持って行ったことがある。あまり見回すと失礼だとは思ったのだが、鈴木さんの家は我が家と同じ間取り、同じ古さにもかかわらず、アジアンテイストのおしゃれな感じにインテリアをまとめていた。素敵なテーブルがあり、コタツにベタ~と座っている。我が家とは違い、いすに座る生活のようだった。意外な一面を見たような気がした。私と母はこの二人の男性を怪しいと思ってみていたが、彼らからすれば私と母のほうが怪しげだっただろう。突然引っ越してきて、しかも私は身なりはきちんとしていたので、ぼろぼろの家から、長身の美女(私のことである)が出てくるのを見て、どうみても財産を失い、落ちぶれた家族の犠牲になった若い娘に見えただろう。他にも小さな子供がいる若夫婦など普通の家族もいたが、大部分はあまり恵まれていない人たちのようであった。しかし、いやだから、と言うべきか、なんとなく奇妙な連帯感のような雰囲気が漂っており、その中でそれぞれの生活を営んでいた。

「あの家はいまでもあるの?」母はよく私に尋ねる。たまに通り過ぎるが、通りからかつての我が家は見えない。しかし壊れかけたキャラメルの箱のようなあの家はまだ取り壊されずに残っているようだ。あの時住んでいた住人たちは今でもいるのだろうか。思い出すと、あんなところに住んでいても私と母は結構楽しく、幸せだったのだ。いいたいことを言い、二人でつつましい食卓を囲み、夜は外に出て星を見ながら話をした。健康だったし、仕事にも恵まれていた。すべてを失ったと思ったが、そうでもなかった。幸せそうに見える人がそうでなかったり、苦労しているように見えても本人はあまり感じていなかったり、実際の境遇より、心の持ちようで、幸せか不幸かに分かれるのだ。と今になって思う。


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