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9月20日(日)ジャスコ今市店

B-STYLE  沼尾賢一(B) 菅野公士郎(Ds)

これを読んでいる皆様は、もう嫌というほど聞いたかも知れないが、9月19日から23日までの5日間の連休を「シルバーウイーク」と言うらしい。そんなときに商業施設に行くということを通常、私はしないのだが、仕事ゆえ自分を奮い立たせて出かけた。渋滞の心配を除けば、今日は気の合うボヤッキー&トンズラーとのトリオの楽しい演奏である。天気もいいし、早めに無事現地に到着した私、ドロンジョはご機嫌であった。

B-STYLEファンのともさんに可憐な花束をいただく。いつも応援ありがとうございます!ボヤッキーはやはりファンの女性にもらった「すあま」をほおばっていた。ドロンジョ様も食べたい!ドロンジョ様の分はないのかボヤッキー。本当は演奏中に投げてもらう予定だったらしい。一方、トンズラーは腰痛に苦しんでいる。大丈夫かトンズラー。二人の健康状態に気を配るのも、ドロンジョの重要な任務である。

ステージは30分を二回。食料品売り場は混雑しているが、衣料品売り場は静かである。その間にあるステージにはお客さんがたくさん集ってくださった。立ち見の方もいた。じーっと見られると緊張するわれわれ三人は、はじめはやや演奏も硬い感じだったが、2ステージ目にはなんとか自分を取り戻した。ラストの曲は「ルパン三世のテーマ」ああどうしてこんなに三人の息がぴったりなんだろう。やっぱりトリオでの演奏は楽しいな~。と思ったところで、終了である。やや物足りないような気もしたが、お客さんに「良かったです~」「もっと聴きたかった」などありがたいお言葉をいただいてわれわれも満足した。

帰り、にんじんを買って帰ろうとしたが、レジに向かうと長蛇の列ができていた。5人以上並んでいたら私は買わずに帰る。短気ゆえ並ぶ、ということができないのだ。日本にもアメリカのスーパーのようにFAST LANEがあるといいなぁ・・・。

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左より、「トンズラー」「ドロンジョ」「ボヤッキー」の三人。私はにやにやしており、二人はおすまし顔である。

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ともさんへ「我が家の玄関です。いただいたお花はいつもこうやって大事に飾っています」

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転落      ピアノとの別れ

ある日、私と弟は両親に呼ばれた。父親が仕事で失敗し、会社が倒産し、損失を埋めるため、家を売ることになった。とのことだった。私にとっても弟にとっても寝耳に水という感じで、我が家がそんな大変なことになっているとはにわかに信じがたかった。しかし私は以前父親から仕事の計画らしきものをなんとなく聞いていた。が賛成しがたいことだったので「やめたほうがいい」と言っていた。そのことを思い出し、父は私の言うことを聞かず、このような事態になったのだと認識した。そう思ったとたん急に怒りがこみ上げてきた。「どうして私の言うことを聞かなかったのだ。女だと思ってなめてたのか」このようなことを父に向かって言い、責めた。私と違って心優しい弟は、何も知らなかったので「どうしてもっと早く言ってくれなかったのだ」と言って泣いていた。弟は高校卒業後、その名前を知らない人はいないだろう大手企業に入社し、頑張って働いていた。そして当時付き合っていた彼女(今の奥さん)と一緒に暮らすため実家を出る準備をしているところだった。堅実で真面目な弟は、結婚の準備、自分の人生計画をきっちりしていたようだった。それに引き換え、私は転職続きの末、やっと仕事を見つけたばかりで人生設計など考える余裕はなく、怒るときだけ一人前という、情けないだめ姉なのであった。そんな私たちに母親は「お父さんを助けるため持ってるお金を全部出しなさい」と言った。私は200万円しかなかった。父は「利香ちゃん、それしかないのか」とがっかりしていた。それを言われて私はまたムカッときた。弟は私の倍くらいある額を何のためらいもないような感じで出した。弟がかわいそうなのと、自分のだめさに、また頭にきた。母はさらにピアノを手放すように言った。「もうのんきにピアノなんか弾いてる場合じゃないからね、一生懸命働きなさい」そして家族会議の結果、弟はとりあえず彼女と一緒に暮らすことにし、私と母親は一緒にどこかに家を借りて暮らすことに決めた。私は父親を許せなかったので、出て行ってくれといった。家を手放すまでの間、父は毎日どこかに出かけて行った。方々に頭を下げに行っているらしかった。母は「お父さんは自殺してしまうかもしれない」と心配していた。

両親は私と母が住むための家を探しにいっていたが、保証人が見つからなく困っていた。これまで父は親戚のいろいろな人の保証人になってあげていた。それなのに私たちの保証人になってくれようとする人は誰もいなかった。皆、自分だけがかわいいのだ。と私はこのとき痛感した。最終的には、○○省OBの父のおじが現役でない上、かなりの高齢だったがそれでもいい、ということでやっと家を借りることができた。

私のピアノは、高校時代、一緒に「ZEPHER」というバンドをやっていたギタリストのM君がトラックで引き取りにきてくれた。彼は大工になっていたので、友人と二人で軽々とピアノを持ち上げた。そして「赤札差し押さえか・・・。大変だな」と言って去って行った。

夜逃げではなかったが、いきなり引越し作業を始めた私たちを、近所の人たちはおかしいと思っただろう。引越し業者に頼む余裕はないので、父が実家から軽トラを借りてきた。唯一手伝いに来てくれたのは、母と一番年が近い姉、私のおば一人だった。おばは大きな声で「今に笑って思い出せる日が来るよ」と言った。「姉ちゃん、大きい声でそんなこと言わないで」母は近所の人に聞かれるのを嫌がっていた。私は「笑って思い出せる日なんて来ないだろう。私の人生はもう終わった」と思った。

JAZZのレコードはみなゴミ捨て場に捨てた。20年以上過ごしたこの家を、こんな形で去ることになるとは思わなかった。暗くなるまで思いっきり遊んだ子供時代を思い出した。「これからどうなってしまうのだろう」悪夢の中にいるような感覚だったが、これが現実だった。そして約束の日が来て、私たち家族四人、それぞれ自分の行く方向に散っていった。

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9月6日(日)フェスタIn大谷

スイングストーンズ 兼目 高(As) 柴田敏夫(Ts)

            鈴木義正(Tp) 大橋さん(B)

            吉原逸人(Ds)

やはりたまにはスイング・ストーン・オーケストラのことを書かねばなるまい。今回「オーケストラ」の文字は、印刷物から消えていた。6人しかいないので当然だろう。「スイングストーンズ」とはなかなかいいネーミングである。「ローリングストーンズ」のコピーバンドと間違えられないだろうか?「スイングストーンセクステット」の方がいいのか・・・。いややはり「スイングストーンズ」がいいな・・。

それにしてもいざ記事にしようと思ったところで、皆のファーストネームが思い出せないのには困った。ずっとラストネームで呼んでいたので、はじめから知らなかったのかもしれない。数年前のイベントのパンフレットで、メンバーのフルネームが書かれてあるものを引っ張り出した。しかしベースの大橋さんの名前が・・・。ホントに昔から知ってる人なのになぁ・・・。

「今日はアノ曲をやるのだろうか・・」一抹の不安があったため私は曲目リストを確認した。「アノ曲」とは「よさこいソーランマーチ」なる曲である。「よさこいソーランマーチ」は「ソーラン節」「花笠踊り」「よさこい」の三曲がメドレーになったものらしいのだが、演奏しているにもかかわらず、今どの曲を演奏して、どの部分をやっているのかわからなくなってしまうのである。楽譜を見ながらも目は泳ぎ、手は適当にパターンを引き続けている。他の皆はちゃんと理解しているのかと思い聞くと、みな私と同じような状態らしい。それなのに最後は不思議とぴたっと終わっている(ような気がする)摩訶不思議な曲なのである。

私は、今日は「よさこい」はやらないのか、と兼目氏に尋ねた。「あ~あれはやらない」その一言で私は安心した。

昨日、今日と二日間のイベントらしいが、我々はたくさんあるステージの最終日のトリであった。他のステージは太鼓や、民謡のような和風のものが多く、出演者は自分の出番が終わるとさっさと帰り、お客さんもだんだん減り、我々が出て行く頃には、客席は、今から「トリ」のミュージシャンの出番とは思えない寂しい状態になっていた。しかし残っているお客さんはそれなりに演奏を聴いているようだった。「それではJAZZの演奏です!!」と紹介されたあとに小柳ルミ子の「瀬戸の花嫁」でスタートする。という、お客さんはもちろんわれわれの意表をついた選曲。「あ~よく、瀬戸ワンタン♪日暮れ天丼♪って歌ったよなぁ・・・。」「君といつまでも」と「ぼくの妹に」はキーもコード進行もほとんど一緒だなぁ・・・。雑念と戦いながら、かつてダンスパーティでよく弾いた。映画音楽も交え、我々は約10曲を熱演した。

兼目氏らはメンバーのために1個200円の焼きそばを人数分購入してくれた。しかしステージ終了間際に3個500円で投売りされているのを見て、皆で騒いでいた。なんともほほえましい、平和な風景に思えた。私も焼きそばをひとつもらい、夕焼けを背にして家路についた。

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写真は小さいが、ステージは立派なものであった。ここ大谷にはあまり来たことがないが、切り立った岩がそびえたつ風景が独特である。

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8月17日(月)鬼怒川ふれあい橋ビアガーデン

 B-STYLE  沼尾賢一(B)菅野公士郎(Ds)  

     ゲスト  鈴木美佐子(Vo)

アウトレットの翌日は鬼怒川のステージである。毎年夕立に見舞われ、演奏できないことも何度かあったが、最近は天気が安定しており、今夜も雨の予報はでていない。

このビアガーデンはふれあい橋の上、と言うか途中と言うか、まさに橋を渡る人あり、ビールを飲む人あり、という状態になる。さまざまな旅館のさまざまな柄の浴衣を着た宿泊客が、夕飯を終え、外に出てくる。、約1月のあいだ、音楽だけでなくさまざまな芸を披露する団体が日替わりで出演するのだ。

一時間ステージを二回やるのだが、最後のステージは21時ぴったりに終わらせなければならない。花火がどっかんどっかん始まるからだ。毎年やっているのでそのことが気持ちに刷り込まれている私は21時間際になって焦った。「21時に終わらない・・・かもしれない」「あー終わらない、花火が始まるぅー」しかし誰も演奏をやめろと言わない。「そうだった・・・」今年は経費節減のため花火は「やらなくなった」のであった。焦らなくてすむのはいいが、やはり少し物足りない。来年はまた盛大な花火で締めくくれるといいなぁ・・・。

今市に実家があり、宇都宮在住の生徒の一人がかわいい息子さんを二人連れて聴きに来てくれた。二人とも学校でサッカーをやっているそう。「この音楽、JAZZっていうの~?」と目をきらきらさせて尋ねてきた。「そうだよ」子供たちの耳に私たちのJAZZはどのように響いたのだろう。カキ氷を食べながら演奏をしっかり聴いてくれ、元気に帰っていった。

今年の夏ももう終わりである。

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先月のブログにも書きましたが、今年は演奏の際、何度か浴衣を着ました。ちょっと苦しく、ペダルが踏みにく~い!

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