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スィング・ストーン・オーケストラ 今昔物語

楽器店でのレッスンはとりあえず週一日、木曜日を選んだ。はじめての生徒は三人。貴重な三人である。私は張り切ってレッスンに励んだ。

少し経って、楽器店から、ピアニストを探しているビックバンドがあるのだが、やってみないかと言われた。なんと言われた日に本番があるという。私はビックバンドとはどういう音楽をやっていて、また私は今夜どんな演奏を求められるのか全然わからなかったが、こわいもの知らずで出かけていった。それはダンスパーティだった。やや老の割合が高いようだったが、老若男女がたくさんいて、ときに相手を変えながらひたすら踊るのだ。ダンスが上手い人もそうでない人もいろいろいて、演奏するわれわれの前で、ドベーッと転んだおばちゃんのパンツが丸見えになったりと、面白いことも多々あった。音楽はダンスのステップの種類だけあって、スィングはもちろんラテン、スロー、チャチャチャ、ジルバ、フォックストロットなどのリズムで、ジャズ、ラテン、映画音楽など次々と演奏する。ビックバンドのメンバーは20人ほどいたか。おじさんが多く、サックスやトランペット、トロンボーンなどの管楽器は、もしかしたら初めて見るものであったかもしれない。楽譜はどれも蛇腹状態になっていてべローンと長いのだが、音符はあまり書いてなく、コードとリズムパターンが主であった。私は小学生の時、家にあった母のクラシックギターをたまに弾いていたので、独学でコードは覚えた。ピアノでもコードで当時のいわゆるニューミュージックや歌謡曲を弾きながら下手な歌を歌ったりした。B7とBm7を混同して使い、「なーんか変な音だなぁ・・・」とコードブックを確認して、自分の間違いをひとつずつ直して、見につけていった。そんなわけで専門学校でもコードは覚える必要なくきたので、演奏自体にあまり抵抗はなかった。しかしよく考えると、コードは右で弾いても、左手が暇で、左で弾くと右手はすることがない。「左手でベース弾いたら、ベーシストとぶつかるしなぁ・・・」そこで私は両手で同じ音を弾くことにした。Cと書いてあれば右手も左手もドミソでジャンジャン、Gとあればソシレ、たまにシレソにしたりしてジャンジャン、楽譜に書いてあるピアノソロは間違えながらテキトーに弾いた。(こんな演奏でいいのかなぁ・・・?)ノーテンキな私でもそのくらいのことは感じた。が、特に演奏に関しては何も言われなかった・・・。「わ~い。ジャズって簡単じゃ~ん!!」ジャズピアニストの小杉さんは「ジャズは頭が良くないとできない」というようなことをニヒルに言っていたが、そんなことないじゃないか!私はすっかり有頂天になり、初めてのジャズ演奏(らしきもの)を終えた。そしてそのままスィング・ストーン・オーケストラに加入した。

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1990年のイベントでの写真。今会うと、皆変わってないようだが、こうして写真を見るとやはり20年前は、髪の毛が黒かったなぁ・・・。と思う。(私は今でも一応黒いが・・・)

スィング・ストーン・オーケストラ(SSO)の「ストーン」は大谷石で有名な、宇都宮西部の大谷地区を発祥の地としていることから、バンド名の中に入れられたらしい。鹿沼出身のメンバーも多数いて、宇都宮市飯田のメンバー宅の倉庫で、週2日練習していた。現在は以前降った大雨のためで使用できなくなってしまったが、グランドピアノがあった。私は加入後数年はレギュラーピアニストで、練習も欠かさず参加していたが、そのうち家庭の事情で脱退せざるをえなくなった。その後、新しいピアニストが入ったらしい。ということを風の便りで聞いた。

20年前は、トラ(臨時雇い)のメンバーを数人入れながらも、ビックバンドといえる数(18人ほど)でダンスパーティやイベントの仕事をこなしていた。ところがそのうちだんだんメンバーは減り、仕事も減り、今のSSOは残念ながらオーケストラといえる状態ではない。メンバーといえるものは3人ほどしかいなく、練習もしていないと思う。ところが私はここ数年、彼らから、年に一度の貴重なお仕事、老人ホームのクリスマスパーティに呼ばれるようになった。やはり私のピアノがいいのだろう。(と勝手に解釈)年に一度のその仕事で、古参メンバーの兼目氏はいつも私にこう言う。「野中さんはすっかり出世したねぇ」と・・・。そう言われても私は自由業の身ゆえ、社長や部長になったわけではないのだが、彼は「いろんなライブハウスで演奏していてすごいね」という意味のことを言っているのだ。20年の時を経て私の演奏スタイルは確かにあの頃とは変わっただろう。しかし私の原点は間違いなく「スィング・ストーン・オーケストラ」なのだ。皆に会ったとたん、気持ちがパッとあの頃の私に戻る。もたったかと思えば走り、音程はずれ、一緒に始まり、一緒に終わればもうそれだけでよし、とするような演奏なのだが(失礼)私はこれからもSSOのメンバーであり続けるつもりである。

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2006年12月、私はニヤニヤしているように見えるかもしれないが、これは愛嬌・・というかサービスの一環である。おじいちゃん、おばあちゃん、職員の皆さんに喜んでいただいている。演歌だってダンスの曲だってなんだって演奏しちゃうのだ。(老人保養施設にて・・・。)


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