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3月22日(日)宮ステーションJAZZ

         アーティスティック・ジャズ・ワークショップ

          (カルテット)

         亀和田國彦(As)

         岩見達也(B)

         森内裕之(Ds)

普段は電車を利用しないので、今日はひさしぶりにJR宇都宮駅に来た。改札前で演奏するのだが、ここは楽器の搬入が一番緊張する。駅前の渋滞をくぐって交番前に車を止めて楽器の積み下ろしをするのだ。天気はなんとか雨が降ってない、という状態。過去に何度かこのイベントで演奏しているが、場所が駅だけに意外な人に遭遇する。以前二度続けて外国人の知り合いが通りかかったことがあり、後で「君はいつもステーションでプレイしているのか?」と聞かれた。今日も、約3年ほど前ピアノの生徒だった愛子さんが、びっくりしたような顔で客席にいた。彼女はわりと奇抜なファッションのため、私もすぐ気がついた。残念ながら会話はできなかったが元気そうな彼女の様子に安心した。

駅はさまざまな人が通る。ほとんどが先を急ぐ移動途中の人だろう。待ち合わせで早く着いてしまった人が、このようなイベントに出くわすといい時間つぶしになるのだと思う。

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この日は夜、近代人でレギュラーライブ、3日間昼夜の演奏が続いた。忙しいけど充実!

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3月21日(土)東武電車新宿乗り入れ3周年/鬼怒川温泉駅

         B-STYLE+β

         ゲスト 亀和田國彦(As)

         沼尾賢一(B)

         菅野公士郎(Ds)

2月に続き、私たちはふたたび鬼怒川温泉駅前にいた。天気はいいが、まだ寒い。コートは脱げなかった。確か上記のようなイベント名で正しいと思うのだが、参加団体は、春節祭と同様の中国雑技団、芸者さんなどである。芸者さんの踊りは2月と変わらなかったが、雑技団のメンバーは変わり、演技も別の内容になっていた。沼尾、菅野両氏は鬼怒川出身のためさまざまな知人が通りかかって声をかけてくる。特に菅野氏の御息女、美優花ちゃんの「おとーさーん!!!」という声援は非常に強力である。だが昨今の彼女は少しお姉さんになりかけており、今日は自転車に乗って静かに通り過ぎた。ちょっと寂しい。そこに昨夜、今市のDaddy's Cafeで御一緒した、ビッグバンド、アルバトロスのSAXの福田さんが亀和田氏の演奏を聴きにきた。なんと亀和田氏とは30年前の知り合いということで同じアルトサックス奏者同士、話が弾んでいた。

春節祭同様、今日も約15曲を演奏。駅前は温泉客でとてもにぎわっていた。都内からのアクセスが良好になり、鬼怒川温泉がますます人気のスポットとなるといいなと思う。私も子供の頃は、父親がたまに仕事で鬼怒川に来ていたこともあって、夏休みなどは毎年鬼怒川温泉に来ていた。おさるの山のロープウェイに乗ったり、ホテルの客室から川の絵を描いたりしたものだ。今また鬼怒川に来るようになり、当時のことを懐かしく思うと同時にこの場所との縁も感じるのだ。まさか大人になって鬼怒川出身の人とバンドを作るとは思っていなかったから・・・。

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今回は演奏の写真がないのです。お昼はおいしいと評判の店で四人そろってカレーライスを食べたのですが、さて、お味のほうは・・・?

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3月20日(祝)那須ガーデンアウトレットモール

       アーティスティック・ジャズ・ワークショップ

           (カルテット)

          亀和田國彦(As)

          岩見達也(B)

          森内裕之(Ds)

ここアウトレットでは三回目となるこのグループでの演奏。朝起きるとあいにくの雨である。しかし現地に着くころにはだんだんと晴れてきた。やはり季節の変わり目は天気もくるくると変わる。そして野外での演奏は風との戦いでもある。今日も風が強い。譜面なしでも演奏できるように暗譜するか、まぁ譜面が飛んでいってしまったらテキトーに(失礼)弾くしかないのだが・・・。前二回は演奏している広場にテーブルといすがあり、お客さんが座って聴けるようになっていたのだが、今回は天候を考慮し、屋根のあるところに移動したため、客席がなく、いまひとつ人が集まらないような気がした。私たちも選曲など工夫し、お客さんが集まるよう戦略を練らないといけないな、と感じた。次回は違ったアプローチをしようと思う。

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この後、私は今市に移動。Daddy's Cafeでレギュラーライブ。あたりはすっかり暗くなり夜の慣れない田舎道を地図を見ながら移動。ちょっと怖かった。

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2月23日(月)埼玉県狭山市/アズグレイスオープニングパーティ

                    井出慎二(As)

         伊地知正憲(B)

(後編)

前編、後編などと分けて、長ったらしいレポートをしているが、結局このイベントでは、5曲演奏しただけで終了となってしまうのだ。しかし、たとえ短いステージでも、いやだからこそ依頼先が求める演奏を最良の形で提供したいといつも思うのだ。

本番当日はあいにくの雨模様であった。会場に着くと、駐車場で伊地知氏と遭遇。大きなアメ車に乗る氏はどこに行っても目立つなぁ・・・。「これおみやげ!」氏は今朝家を出る前に巣鴨で買ったと言う紙袋を差し出す。「甘いからさぁ。俺は一個食っただけで、うぇ~ってなっちゃうんだけどよ」などと汚いことを言う。蜜がたっぷりの大学芋らしい。(おみやげなんてなにか下心があるのだろうか・・・)悩みながら楽器を運び、控え室に入る。どこにいるのかわからないが、どうやら井出氏もすでに到着しているらしい。なにはともあれ、メンバーが揃い、安心した。控え室に入ると早速伊地知氏が切り出す。氏の下心が判明した。「《スターダスト》をE♭で歌いたいって人がいてさぁ。利香ちゃん譜面書いてウチにFAXしてくれよ~」そんなのおやすいご用である。しかしこれでこころおきなく大学芋を堪能できる。家に帰って食べたのだが、この大学芋、蜜たっぷりでとってもおいしかった。

井出氏は、われわれより先に到着し、やはり初対面の目黒さんに会い、控え室で談笑していたらしい。ここで私と伊地知氏も、井出氏と顔を合わせる。今日までの一ヶ月ほどのメールでのやり取りでも感じていたのだが、とても物腰柔らか、言葉遣いも丁寧な好青年である。バークリーに入学した時期は私が帰国した直後らしく、かぶっていないのだが、少し当時の話もし、私も久しぶりに10年前を懐かしく思い出した。それになんと相模原市から毎月(だと思う)小山まで個人レッスンの仕事に来ているといい、われわれを驚かせた。3月20日は宇都宮市の文化センターでの宇崎竜童、岩城晃一のコンサートでバックバンドをつとめるらしく、わが栃木県とも無縁のミュージシャンではないようだ。観に行かれる方はぜひバックのミュージシャンにもご注目下さい。

パーティが始まり、おなじみのスタンダードに目黒さんのリクエストをふんだんにちりばめた(といっても2曲だが)ステージもあっという間に終わってしまった。会場は天井高く、私たちの音もよく響いていたかと思う。

華やかなパーティのステージ、それぞれテイストの異なる(と思われる)三人がほんの短い時間をJAZZという共通項で共有した、そんな今回のイベントレポートでした。

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(前編)

「野中さんの演奏スケジュールってわからないんだよね~」イベントなどの演奏でお世話になっているマーケットネットワークの営業、目黒さんのこの一言で私はブログを立ち上げることを決心した。今まで「どこでいつ演奏してますか?」という質問には口頭でずらずらと答えていたが、聞いている方はそれではわからないのだ。やはり一覧できたり、パソコンで見られるものが必要。と思っていただけにこの一言は衝撃的だった。さすが営業マン!

その目黒さんから、新しくできた結婚式場のオープンニングパ-ティで演奏してください、との依頼をうけた。栃木県外なのでベースは都内在住の伊地知正憲に連絡してみる。「川越まで一時間でいけるぞ」と喜んでいる。SAXは誰にお願いしよう・・・平日昼間の仕事なので、久しぶりにバークリー時代の友人、N君に連絡した。が彼はその日、米国旅行に行ってしまうらしくできないという。「でもうちのバンドのアルトの奴でよければ紹介します」というのでお願いした。それが今回のサックス奏者、井出慎二くんである。「僕たち《衝和ショッキング》というバンドをやってます。HPみてね~」というN君の言葉に従い、パソコンを開いてみる。そこには大きくのけぞってSAXを吹いている井出氏の姿があった。バンドの名前も恐ろしげである。でもN君の推薦だしそんなに変な人は来ないだろう。そう思い、お願いすることにした。

メンバーも決まり、演奏曲も決め、(目黒さんはいつも「Fly Me To The Moon」と「オルフェのサンバ」をリクエストするのだ)伊地知氏に連絡すると、氏は「利香ちゃん、一人で来られるのか?」と言う。目黒さんから周辺の地図と、高速の乗り方、他のルートなどは聞いていたが、「16号は混むぞ~」と脅かす。私は現場に時間通りに着けない可能性がある、という恐怖を覚え、だったら前日から行ってしまおうと思った。現場近くのホテルを調べて、予約を入れた。

前日は近代人でのライブである。夜の12時にライブを終え、近代人を出た。夜中2時に着くのが理想である。ホテルにはその旨伝えておいた。注意すべきは川口、大泉ジャンクションである。私の車にはナビなどない。だがETCは搭載してある。電子ピアノを積み、地図を片手に私は高速に向かった。

時間が時間なので高速は空いていた。渋滞がないのはいい。ライブ続きで眠くなるかと思ったが、緊張のためか眠くない。予想に反して迷わず川越に着いた。ICを降りたところでホテルから電話があった。そろそろ到着しそうだと言うと、道順を教えてくれた。親切なオジサンなのだが、なまっていて何を言っているか よくわからない。「栃木弁よりすごいな」ホテルは新狭山駅の近くらしい。適当に走ると、ホテルが見つかった。半分シャッターが閉まったフロントに行くと、「ようこそいらっしゃいました」とフロントのおじさんがよろよろたちあがった。(女性がこんな時間にひとりで・・・)というニュアンスを含んでいるような気がする。お風呂に入って三時になった。これで遅刻の心配はなくなった。(寝坊しないようにしよう)すぐ意識がなくなるかと思ったが、なかなか眠れなかった。     (後編に続く)

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2月11日(祝)NSさん結婚披露宴 Inホテル東日本

         亀和田國彦(As)

         菅野公士郎(Ds)

ピアニスト仲間のNSさんが結婚しました。昨年の11月に演奏の依頼を受け、どんな編成にするか決めるために御主人とともに何度もライブに来ていただきました。そして決定したのが、ピアノ、サックス、ドラムという編成。リクエストは6曲受けました。その中にはJAZZMENにはあまりなじみのないミニーリパートンの「ラビング・ユー」が・・・。これを乾杯の発声のあとに演奏する。といった私の決定に亀和田氏は一抹の不安を感じたらしく、当日は私、菅野氏よりも早く会場入りし、練習したようだ。菅野氏は先日の春節祭での強風が辛かったのか、「今日は屋根があるし会場は暖かいからいい」と笑顔をみせた。屋根のあることに喜びを感じてくれるなんて・・・うぅ・・・。

NSさんはT音大卒業後、独国に留学している。私とは格段に違う立派な経歴をお持ちなので、せっかくの御招待、失礼にならぬようわれわれも精一杯演奏で祝福しました。「ムーンリバー」をスィングで、「虹のかなたに」をサンバで、という私のうるさい注文にもドラマー菅野公士郎は難なくこたえ、張り切ってたたいている。屋根があるのがよほど嬉しいらしい。とその時サックス亀和田氏に近づく怪しげな男性が・・・。「リクエストかな」よくリクエストされる「TAKE5」は演奏する予定である。あとで聞けば、楽器に興味があったらしい。30センチの距離まで氏に近づき、熱心に見ていた。おめでたい席での演奏は楽しい。

佐季子さん。どうぞお幸せに!!

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2月7日(土).8日(日)春節祭

     沼尾賢一(B) 菅野公士郎(DS)

鬼怒川温泉駅前でトリオB-STYLE+αとして二日間演奏しました。7日のゲストはアルトサックス奏者亀和田國彦氏。このイベントはメインステージにて中国雑技団による演技、芸者さんの踊り、竜王太鼓などがあり、私たちはその合間を縫って、別のテントで演奏をするのだが、亀和田氏は「何故、B-STYLEはメインステージに立てないのか」との疑問を持っていたようである。メンバーは「他の団体よりセッティングに時間を要するので」と苦し紛れに答えたが、氏は「亜流ゆえの単独ステージ」と解釈し、2月の鬼怒川にしては穏やかな天気の中、合間、ジャズ好き御婦人とも和やかに談笑し、約15曲を熱演しました。

8日のゲストはギタリスト斉藤浩一氏、氏は数年前の同イベントにて、演奏中にもかかわらず、中国人美人観光客との記念撮影に合流し、「ブチッ」という音とともに抜けたシールドにかまうことなく鳴らないギターを奏でた罪として、昨年は出場できなかったが、今回は心を改め参加。がしかし、昨日とはうって変わって強風の日となり、5曲演奏したところで、あえなくイベント中止となる。雑技団の演技は乱れ、枯葉激しく舞い、振舞われたけんちん汁の発泡スチロール椀や、割り箸、テントまでもが、飛んでいってしまった。来年に期待。

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 (演奏の合間、子供のとき大好きだった竹馬に乗る)

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2月4日(水)アグリライフフォーラム2009 

        大島美知恵(FL)

フルート奏者の大島美知恵さんと、アグリライフフォーラム2009というイベントで演奏しました。このイベントでは県内の農村女性たちの活動・意見発表が行われ、その合間、お昼の時間帯に音楽鑑賞として私たちが招かれました。ほぼ全員が女性の方なので、「渡る世間は鬼ばかり」「篤姫」「冬のソナタ」などのテーマソングや、映画音楽など、女性の好きそうな曲を楽しく演奏させていただきました。あたたかい拍手とアンコールがとても嬉しかったです。その上、お昼には手作りのお弁当やかぼちゃのムースをごちそうになり、大きな花束もいただきました。このイベントで「食」に対する皆さんの努力を理解することができました。

ただひとつ残念だったのは、撮っていただいた写真の自分のドレス姿がデブだったことです。(クリスマス、お正月から体重が戻らないのです。)

ダイエットしなくちゃ・・・。

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Profile

Greeting

三月になって雪が降ったりと、最近季節が進まない感がありますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか?私は、冬はエアコンを使わず、ストーブを愛用しています。お湯も沸かせるし、鍋もできるし、灯油のにおいもとても好きです。(ちょっとアブナイ?)今もやかんを乗せたストーブのそばで、このブログを書いています。コタツも併用しています。今までソファのあるリビングには住んだことないなぁ~。お茶の間スタイルがやはり落ち着くのです。

2月22日、近代人でのライブに、昨年春、洗足音楽大学のJAZZ科に入学した元生徒が来てくれました。彼女は高校3年生からの一年間、受験のため私のレッスンに通っていたのですが、努力が実って合格し、入学のため親元を離れて神奈川に転居、それからあっという間に一年が過ぎ、春休みになったということで実家に戻り、ジャムセッションに参加したいと言って、お母様と一緒に足利から来たのです。お母様も若い方で、近代人のマスターは、「どっちの女がピアノ弾くんだ?」と親子の区別がつかない様子。まぁ酔ったマスターには同じように見えたのでしょうが・・・。彼女はトリオで「Alice In Wonderland」と「My Romance 」の二曲を演奏してくれました。その成長ぶりに私は驚くと同時にとても嬉しくなりました。こうしてどんどん上手くなっていくのだなと・・。これから先がますます楽しみです。今後も微力ながらいろいろアドバイスができれば・・と思います。

心優しき私はいつもブログで、他のバンドの応援、宣伝をしてしまうのですが、今回は自分のバンドについて書きます。

まず、イベントレポートにも登場する。「B-STYLE」ですが、これは皆さん「B級のスタイル」という意味ではありませんよ!私のピアノに、ベースが沼尾賢一、ドラムが菅野公士郎のトリオで活動しているのですが、名前の由来は、JAZZと呼ばれる音楽のなかのさまざまなリズムのスタイル・・・「Blues」のB、「4Beat(これは正式にはSwingと呼ばれますが)」のB、「Ballad(これも通常はSlowといいますが)」のB、Bossa NovaのB,などを表す・・皆さんここまで聞いて「なるほど~」なんて納得してくれるのですが、違うよ~!実はただ単に私たち三人の血液型がB型だから、という理由でつけられたバンド名なのです。結成して5年ほどになるでしょうか。なんせB型人間の集まりなので長続きしないと思っていたのですが、私にとってB-STYLEの二人は他人というよりももはや兄妹といった感情があります。私には弟が一人いるのですが、もう何年も会っていないということもあって(仲が悪いのではない)肉親より近い存在になってしまいました。

もうひとつは、3、4年前に加入した「アーティスティック・ジャズ・ワークショップ」です。入る前から名前は知っていたのですが、演奏は聴いたことがなく、(自分たちのことを「Artistic」と言えるなんてさぞかし自信家の集まりなんだろう)と恐れていました。実像は皆さん御存知の通り、といったところでしょうか。編成はアルトサックスとリズムセクションのカルテットにトランペット、ギターも加わった、えーとセクステットですね。私も自分でアレンジした曲や、オリジナルもやらせていただいています。昨年末に、このメンバーでCD用の録音をしており、「Artistic]の名にふさわしい個性的な作品に仕上がると思いますので、どうぞ楽しみにしていてくださいね。

私はナントカカルテットとかナントカグループという名前より、独自の名前のあるバンドが好きです。バンド名を聞いただけで、「あ~あの人たちのバンドね」とわかってもらえるといいですね。そう思いながら日々活動しています。

「B-STYLE」と「アーティステック・ジャズ・ワークショップ」の応援よろしくお願いします!

(自分のバンドも上手く宣伝できたでしょうか?)

Biography

 12月8日生まれ  射手座  B型

  宇都宮市出身,6才よりクラシックピアノを始める

 高校時代はロックバンド等に参加

 作曲家・ピアニストの立原摂子氏にポピュラーピアノを師事

 メイト音楽学院にて半沢友紹氏にジャズピアノを師事

 LOM INTERNATIONALの岡田真理、Lewis DeAndrade両氏の勧めで1997年ボストンのBerklee College Of Musicに奨学金を得て留学

 ピアノをJoanne Brackeen,アレンジをJerry Gates,ジャズ理論をWayne Naus,アンサンブルを故Jacques Paori,Paul Elmen各氏に師事

Works

 ヤマハ ポピュラーミュージックスクール(PMS)の講師,ジャズピアノの個人指導

 近代人(第四日曜日),INDULZ DREAM(第一水曜日),Daddy's Café(第三金曜日) 等にレギュラー出演

Schedule

  野中利香 演奏スケジュールは,こちらまで

Access

  演奏のご依頼は,ライブにおいでいただくか,ミュージックオフィスAZにご連絡ください.

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ピアノを始めた頃

  「いつからJAZZをやっているのですか」「JAZZをやるきっかけになったのはどんなことですか?」という質問をよく受けるのだが、残念ながらはっきりと答えられる出来事はない。いや、覚えていないだけなのだろうか。音楽はいつも身近にあったが、それで生計を立てることになるとは思っていなかった。○○音楽高校から○○音大に進み・・などという経歴もない。あっちへふらふらこっちへよたよたという感じでここまできた。5年前に音楽家として独立したが、それまで転職も何度もしている。仕事が変わって音楽ができなくなってもまた誰かが誘いに来て、やることになる。アメリカにまで行くことになったときは本当に自分が一番びっくりした。出会いの妙とはこういうことをいうのか・・・。

バークリー時代のことを書こうと思ったが、もっと前から書いてみようという気になった。すべてが幼少のときからの自分とつながっているからだ。無邪気な子供時代、部活に明け暮れた中学時代、ハードロックに命をかけた高校時代、苦労の多かった20代、なんとか抜けきった30代・・・。一回目の「リカちゃんハウス」は、子供時代の私についてである。

ピアノは6歳、小学一年生の秋ごろに自分からやりたいといって始めたと思う。当時私は約1000戸の家が立ち並ぶ新興住宅地に住んでおり、2歳のとき貸家からそこに越してきたらしい。まわりには同年代の子供がたくさんいた。時代は経済成長期、百科事典の営業が来て、誰か一人が買おうものなら、近所の家庭もみな買ってしまう。そういう時代だった。ピアノもいわずもがな。女の子のいる家庭には必ずあった。近所の保育園にK楽器から派遣された先生が来ており、私は毎週そこに通っていた。できの良い生徒であったか否かはわからない。あまり練習をした記憶はない。幼稚園時代から4年生くらいまでは内向的な性格が前面に出ていた思う。しかし5年生ときの運動会の50m走で、いままでほとんど最下位に近かったのだが、なぜか急に足が速くなり2位になったとき、性格が180度変わってしまった。この変化は今でもよく覚えている。内向的な性格からおてんば・・。などという生易しいものでなく、悪ガキになってしまった。外見的には性別不明。赤いランドセルを背負っているのでかろうじて女の子に見えたかもしれない。それとこの利香・・という名前が女の子っぽくていやだった。「なんでお前男なのに利香って言うんだよー」と男子から言われていた。毎日違う男の子と遊び(そういう意味ではない)、学校の後ろで、バッタを生き埋めにし、ストローで作った酸素吸入器で蘇生できるか試みたり、養蚕を営むS君からもらった真っ白な蚕に水玉模様や、虹色を施したり、図書室の本を全部引っ張り出してドミノのように並べてドミノ倒しをしたり、授業を忘れて遊んだ。音楽の授業も得意ではなかった。オルガンの上にのぼって、ピアノを弾いている先生に向かって「へたくそ!やめろー!」と言ったことがある。なかなか言えないセリフである。そしてできれば言われたくないセリフである・・・。音楽の高橋先生。ごめんなさい。

学校では元気に遊び、そして家に帰ってもまた遊び、とにかくいつも遊んでいたという記憶しかない。優しい父親と厳しい母親のもとで、弟や近所の友達と遊んだりけんかしたり・・・。天真爛漫に育ててもらったということに感謝したい。子供でなくなった今でも私には寂しいという感情がない。幼い時にそういう思いをしたことがないからだ。それがいいか悪いかはわからないが、そんな小学校時代だった。

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中央が小学校高学年時代の私。両隣の友人は女の子に人気のベルリラ、私は男子に人気の小太鼓の座を、熾烈なオーディションの結果GET。髪は常にショートカット。生意気そうだが、美しい足は今日と変わらず(?)。


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